この記事は公共図書館におけるマンガの位置づけを参考文献として執筆されました。
この記事の要約
フランスで漫画が驚異的な人気を博し、書籍市場で圧倒的な存在感を示す中、公共図書館は、かつての偏見を乗り越え、このジャンルをどのように受け入れ、活かしていくかという課題に直面しています。これは単に蔵書を増やすだけでなく、多様なメディアへの対応、利用者のニーズへの適応、そして図書館の「第三の場所」としての役割など、図書館のあり方そのものを問い直す重要なテーマです。
書籍の世界には、時の流れとともにその評価を大きく変えるジャンルが存在します。フランスにおいて、今まさにその中心にいるのが「漫画」です。かつては一部の熱狂的な愛好家のものであった日本のバンド・デシネは、社会の片隅から飛び出し、世代を超えた一大文化現象へと成長しました。しかし、公共サービスとして多様な文化へのアクセスを提供する図書館は、この勢いを増す波にどのように向き合っているのでしょうか?この疑問は、単なる蔵書の追加やイベントの実施に留まらず、図書館のあり方そのものを問い直す、今まさに議論すべき課題となっています。
なぜ今、公共図書館で漫画が注目されているのか?フランス市場の驚異的な成長
2022年、フランスの書籍市場における漫画の存在感は圧倒的なものでした。販売された書籍の7冊に1冊が漫画であり、バンド・デシネに限れば、なんと2冊に1冊以上が日本の漫画でした。これらの数字は、漫画が特定のニッチなジャンルから、広範な読者に受け入れられるメインストリームへと変貌を遂げたことを明確に示しています。この爆発的な普及は、特定の層だけでなく、子どもから大人まで、あらゆる世代を巻き込んでいます。特に若い世代にとって、漫画は最も身近な読書体験の一つであり、アニメやゲームといった他のメディアとの連携、いわゆる
メディアミックスとは
漫画、アニメ、ゲーム、映画など、複数の異なるメディアを組み合わせて、一つの作品世界やブランドを展開する現象のことです。
時代の変化に柔軟に対応し、サービスを多様化させてきた図書館は、単に本を貸し出す場所から、情報へのアクセスを保証し、教育や研究、そして何よりレジャーや交流を支援する
第三の場所とは
自宅(第一の場所)、職場や学校(第二の場所)とは異なる、心地よく過ごせる公共の場所のことです。図書館は近年、この第三の場所としての役割も重視しています。
図書館の進化と漫画の受け入れ – かつての偏見を乗り越えて

フランスの図書館が「メディアテーク」へと名称と機能を変化させていった1970年代以降、その使命には「誰もが文化にアクセスできること」が強く意識されるようになりました。当初は文学作品が中心でしたが、写真や映画といった他のメディアが加わり、そしてバンド・デシネが「読書の入り口」として受け入れられるようになります。しかし、日本の漫画が登場した当初は、フランスのバンド・デシネで既に経験したような「悪いジャンル」論争に直面します。アンヌ・ボード氏の2009年の研究論文は、当時の公共図書館における漫画への「無知」や「イデオロギー」に基づく抵抗を明らかにしました。低俗、暴力的、子どもの読み物といった偏見が根強く存在したのです。
しかし、時代は移り変わり、漫画を取り巻く状況は大きく変化しました。市場での爆発的な成功、世代交代による読者の増加、そして図書館員自身の意識の変化が見られます。今日では、漫画が「悪いジャンル」であるという頑なな拒絶は減りつつあります。代わりに、漫画への関心の低さや知識不足、変化への無関心といった別の問題が浮上しています。多くの図書館で漫画の蔵書は増えましたが、それが市場での存在感に見合う量であるか、質的に多様であるか、そして積極的に利用者に届けられているかというと、まだ課題が残っています。このギャップを埋めるためには、図書館が積極的に漫画と向き合い、その価値を理解し、利用者に伝える努力が必要です。
蔵書づくりは「思い込み」から脱却 – 量と質のバランス、そして参加
図書館の蔵書は、利用者の多様なニーズに応える鏡であるべきです。漫画についても、その需要は非常に高く、貸出回転率も他のジャンルと比較して高い傾向にあります。しかし、私たちの調査では、多くの図書館、特に地方の小規模な図書館では、漫画の蔵書数が市場規模や利用者の需要に対して不十分であるという現状が見られました。都市部の図書館と比較すると、漫画の蔵書割合に大きな差があり、これは予算や専門知識を持つ職員の不足が影響していると考えられます。
理想的な蔵書とは、単に量を増やすことではなく、質的な多様性を確保することです。人気のベストセラーはもちろん重要ですが、それに加えて、まだあまり知られていない隠れた名作や、幅広いテーマ、多様なジャンル(少年、少女、青年、女性向けといった日本の分類は商業的なものであり、フランスでは年齢による分類の方が理にかなっています)を網羅することが求められます。蔵書構築においては、シリーズものを継続的に購入すること、定期的に新刊をチェックすること、そして何より図書館員の個人的な好みだけでなく、「皆のために購入する」という意識が重要になります。このプロセスにおいて、専門書店との連携や、利用者の意見を選書に取り入れる参加型の取り組みは、蔵書の質を高める上で非常に有効です。
利用者の参加について、私たちの調査では、現在積極的に選書に参加している利用者はわずかですが、約半数の利用者が参加に興味を示していることが分かりました。特に漫画をよく読む利用者ほど、この意欲が高い傾向にあります。これは、図書館が単にサービスを提供する側であるだけでなく、利用者を共同創造者として巻き込むことで、より魅力的な蔵書を作り上げられる可能性を示唆しています。図書館は、選書のプロセスを透明化し、利用者が意見を表明しやすい仕組みを作ることで、彼らの専門知識や情熱を蔵書づくりに活かすことができるでしょう。
漫画を「見せる」図書館へ – メディア活動の多様なアプローチで魅力向上

蔵書があるだけでは、その魅力は利用者に十分に伝わりません。図書館における漫画の価値づけは、単に棚に並べることから始まり、様々なメディア活動へと展開していくべきです。私たちの調査では、漫画の蔵書に対する利用者の満足度は、蔵書全体の満足度よりも低い傾向にあり、これは漫画が図書館内で十分に「見られていない」、つまり可視化されていないことが一因と考えられます。
漫画の可視化には、棚の配置や陳列方法が重要です。単なる一般的な棚ではなく、漫画専用のコーナーを設けたり、表紙が見えるように陳列(
facingとは
書籍や他の資料を、背表紙ではなく表紙が見えるように棚に並べる方法です。これにより、利用者の注意を引きやすくなります。
アニメーションやイベントは、漫画の魅力を伝える強力なツールです。漫画家を招いた講演会やサイン会、描画ワークショップ、漫画の歴史やジャンルを紹介するセミナー、あるいはアニメ映画の上映会など、その可能性は無限です。特に若い世代は、こうした体験型のイベントに関心が高い傾向にあります。また、日本の文化全般に焦点を当てたイベント(例:「Japan Attitude」)も、漫画への興味を深めるきっかけとなります。利用者を巻き込み、共にイベントを作り上げることも、図書館と利用者の関係を強化し、より魅力的な空間を創造する上で重要です。しかし、現状では、特に地方の図書館ではこうしたアニメーションが十分に行われていないという課題があります。
私たちの調査では、回答者の9割以上が図書館で漫画関連のイベントに参加したことがないと回答しました。これは、図書館側のアニメーション提供が少ないこと、あるいは情報が利用者に届いていないことの現れでしょう。しかし、同時に利用者は漫画関連のイベントへの強い関心を示しており、例えば漫画家との交流会や、漫画の多様性を知るためのイベント、読書クラブなどを期待しています。これらのニーズに応えることで、図書館は新たな利用者層を開拓し、活気を取り戻すことができるはずです。
利用者の声に耳を傾ける – 期待と現実のギャップを埋めるために
公共図書館のサービスは、利用者の声に基づいて形作られるべきです。私たちの利用者調査では、漫画の蔵書に対する期待と、図書館の現状との間にいくつかのギャップが見られました。多くの利用者は、図書館の漫画蔵書数が不十分であり、多様性にも欠けていると感じています。特に、あまり知られていない隠れた名作や、大人向けの漫画を求める声が多く聞かれました。これは、利用者が図書館を単なる人気作品の供給源としてだけでなく、「新しい発見ができる場所」として期待していることの表れです。
図書館のネットワーク機能、特に資料の相互貸借や予約システムは、蔵書の量的な不足を補う上で非常に重要な役割を果たしています。利用者はこのサービスを通じて、ネットワーク全体の漫画にアクセスできます。しかし、予約から貸出までの待ち時間が長い、サイトでの情報が探しにくいといった課題も指摘されています。また、漫画に関するイベントやアニメーションへの参加経験がある利用者は非常に少なく、これは図書館からの情報発信が十分に届いていないことを示唆しています。利用者は漫画に関するイベントに高い関心を示しており、例えば漫画家との交流や、漫画の多様性を知る機会を求めていることが明らかになりました。
残された課題と未来への展望 – 司書と利用者のギャップを超えて
公共図書館における漫画の受け入れは、進展を見せている一方で、いくつかの困難が残されています。「悪いジャンル」という過去の認識は薄れつつありますが、漫画、特に暴力や性表現を含む作品に対する抵抗感は一部の図書館員の間で依然として存在します。また、漫画の内容と読者の年齢レベルをどう整合させるか、という問題もあります。推奨される年齢区分(
PEGIとは
ゲームなどの対象年齢を示す欧州のレーティングシステムです。漫画にもこのような年齢制限の目安が考えられます。
蔵書管理の面では、シリーズものの継続的なフォローや、増加する蔵書に対応するためのツール(
SIGBとは
図書館が蔵書の購入、整理、貸出などを管理するためのコンピューターシステムです。
まとめ:変化する図書館と漫画の役割 – 利用者と共に未来を拓く

フランスの公共図書館における漫画の居場所は、予算や司書の個人的な関心、そして組織的な制約といった様々な課題に直面しながらも、確実にその地位を確立しつつあります。蔵書数は増加し、多様化も進んでいますが、市場の規模や利用者の期待に応えるにはまだ不十分です。漫画の価値づけやメディア活動も、一部の先進的な取り組みは見られるものの、全体としては限定的です。
しかし、この状況を乗り越える鍵は、他ならぬ「利用者」にあります。利用者は漫画への高い関心と、図書館に対する具体的な期待を持っています。彼らを単なる受け手としてだけでなく、蔵書の選定やイベントの企画に積極的に関わるパートナーとすることで、図書館はより利用者の実態に合った、生き生きとした空間へと変わることができます。漫画は、これまで図書館が十分にリーチできなかった若い世代を含む、幅広い読者層を惹きつける大きな可能性を秘めています。それは単なる娯楽ではなく、現代社会の様々な側面を描き出し、普遍的な価値を伝える「文化」として、公共図書館において不可欠な存在となりつつあります。図書館が利用者のニーズを真摯に受け止め、変化を恐れず、創造性を発揮するならば、漫画はフランスの文化景観におけるその正当な場所を、図書館の中でも見出すことができるでしょう。
図書館における漫画の未来は、図書館員と利用者の双方向の対話と協力にかかっています。漫画への関心を高め、その多様性を伝え、誰もがアクセスできるような環境を整備することで、図書館はより多くの人々にとって魅力的な「第三の場所」であり続けることができるでしょう。
メディアミックスとは
漫画、アニメ、ゲーム、映画など、複数の異なるメディアを組み合わせて、一つの作品世界やブランドを展開する現象のことです。
第三の場所とは
自宅(第一の場所)、職場や学校(第二の場所)とは異なる、心地よく過ごせる公共の場所のことです。図書館は近年、この第三の場所としての役割も重視しています。
タンコーボン形式とは
漫画の単行本で、雑誌での連載分をまとめて出版したものです。日本の漫画で一般的なサイズと装丁を指します。
グラフィックコードとは
漫画を読む時に理解する必要がある、絵の表現のルールや記号のこと。
PEGIとは
ゲームなどの対象年齢を示す欧州のレーティングシステムです。漫画にもこのような年齢制限の目安が考えられます。
SIGBとは
図書館が蔵書の購入、整理、貸出などを管理するためのコンピューターシステムのことです。
よくある質問
なぜ今、フランスの公共図書館で漫画が注目されているのですか?
2022年のフランスでは、販売された書籍の7冊に1冊、バンド・デシネに限れば2冊に1冊以上が漫画であり、世代を超えた多くの読者に親しまれるメインストリームの文化現象となったためです。アニメやゲームとのメディアミックス展開も人気を後押ししており、社会の変化や多様な利用者のニーズに応える公共図書館にとって、無視できない存在となっています。