この記事はPlaying Pokemon go: increased life satisfaction through more (positive) social interactionsを参考文献として執筆されました。
この記事の要約
現代社会が抱える座りがちな生活と社会的な孤立は、私たちの心身の健康にとって大きな課題です。そんな中、位置情報ゲーム「ポケモンGO」が、単なる娯楽に留まらず、プレイヤーの社会交流と生活満足度を向上させる潜在的な力を持っていることが、近年の研究で注目されています。本記事では、ポケモンGOプレイヤーを対象とした調査に基づき、ゲームが彼らの社会機能(社会性・社会能力)と生活満足度にどのような変化をもたらしたのかを検証します。ゲーム開始前と比較した自己評価では、すべての参加者で生活満足度と社会機能の向上が見られ、特に人との交流に困難を感じていた層や精神疾患の診断を自己申告した層で、より顕著なポジティブな変化が確認されました。これは、ポケモンGOがゲームの特性を通じて人々の外出や対面交流を促し、それが主観的な幸福感や社会的ウェルビーイングの向上に繋がる可能性を示唆するものです。
はじめに:日常に溶け込む「動く」きっかけ、ポケモンGOの可能性
現代社会に蔓延する座りがちな生活と、それに伴う社会的な孤立。これらは私たちの心身の健康に深刻な影を落としています。多くの人がその重要性を理解しつつも、運動習慣を身につけたり、新たな人間関係を築いたりすることは容易ではありません。そんな中、スマートフォンという身近なツールを活用したゲーム「ポケモンGO」が、この課題に対する意外な解決策となり得る可能性が、近年の研究で示され始めています。
ポケモンGOは、単なるバーチャルな遊びに留まらず、プレイヤーを現実世界に誘い出し、移動や他プレイヤーとの接触を促すユニークなゲームデザインが特徴です。サービス開始以来、世界中で数千万のアクティブユーザーを魅了し続けているその人気の秘密は、物理世界とデジタル世界が融合した「ハイブリッドリアリティ」にあります。この特性が、外出を促し、見知らぬ人との偶発的な交流を生み出す原動力となっています。開発元が掲げる「移動、探索、対面交流の奨励」という理念は、ゲームの持つ健康的な副次効果と見事に合致していると言えるでしょう。
これまで、ポケモンGOが身体活動の増加に貢献することは多くの研究で報告されてきましたが、人々のメンタルヘルスに深く関わる社会機能や生活満足度への影響については、まだ十分に解明されていませんでした。本研究は、ポケモンGOプレイヤーを対象に、ゲームが彼らの生活満足度と社会機能(社会性および社会能力)にどのような変化をもたらしたのかを、精神疾患の自己申告診断の有無にも着目して調査しました。特に、人との交流に苦手意識を持つ人々にとって、このゲームがポジティブな変化を促すきっかけとなり得るのか、その可能性を探ることを目的としています。
ゲームが生み出すポジティブな変化:高まる生活満足度と社会機能
本研究には、様々な背景を持つ434人のポケモンGOプレイヤーが参加しました。彼らにゲーム開始前と開始後(現在)の自身の生活満足度、社会能力、社会性について自己評価を求めたところ、興味深い結果が得られました。
分析の結果、参加者たちはポケモンGOを始めてからの期間において、ゲーム開始前の期間と比較して、生活満足度、社会能力、社会性すべての評価が統計的に有意に向上したと報告しています。図1は、この変化を視覚的に示しており、ゲーム開始前は評価が中立あるいは否定的な傾向を示していたのに対し、開始後は明確に肯定的な評価へとシフトしていることが分かります。これは、プレイヤー自身が、ポケモンGOが彼らの生活、特にメンタルヘルスに重要な側面において、良い影響を与えていると主観的に感じていることの表れと言えるでしょう。
この結果は、過去のポケモンGOに関する先行研究とも整合性が取れています。生活満足度への肯定的な影響や、社会能力の向上に関する報告は、本研究の発見を裏付けるものです。特に、社会性の向上は、ポケモンGOのゲームデザイン自体がプレイヤー間の社会的な繋がりを促進する要素を多く含んでいることに起因すると考えられます。ポケモンGOのようなゲームは、プレイヤーが物理的な世界とデジタルな世界を自由に行き来することを可能にし、ゲームを日常の習慣に容易に組み込めるように設計されています。これにより、プレイヤーは自然と外出するようになり、社会的な孤立を防ぐ効果が期待できるのです。
社会性(Sociality)とは
他者との社会的な交流の頻度や量、そしてその質に関連する概念です。
社会能力(Social ability)とは
人との交流をスムーズに行うための個人のスキルや、交流に対する自信の度合いを指します。
変化の核心:社会交流の質と量が幸福度を高めるメカニズム
では、なぜポケモンGOをプレイすることが、単に楽しいだけでなく、生活満足度や社会機能の向上に繋がるのでしょうか。本研究では、この関係性をより深く理解するために、社会能力、社会性、そして生活満足度の変化の間に存在するメカニズムをモデル化して検証しました。
分析の結果、興味深い「媒介効果」と「調整効果」が明らかになりました。具体的には、プレイヤーが自身の「社会能力が向上した」と感じる度合いが大きいほど、他者との交流の質と量を示す「社会性」も増加しました。そして、この社会性の増加が、最終的に生活満足度の向上に結びついていることが確認されました。
さらに重要な発見として、この「社会性→生活満足度」の繋がりの強さが、プレイヤーが日常的に経験する「対面でのプレイヤー交流の量(見知らぬ人との交流を含む)」によって「調整」されることが分かりました。つまり、社会性が高まることで生活満足度も向上しますが、このポジティブな効果は、実際に他のプレイヤーと対面で交流する機会が多い人ほど、より強く現れる傾向があるということです。これは、ゲームを通じた社会性の向上だけでなく、現実世界での具体的な対面交流の経験が、その効果をさらに増幅させることを強く示唆しています。
これらの結果は、先行研究で報告されている、ポケモンGOが共通の興味を通じて見知らぬ人との交流を促進し、プレイヤー間に帰属意識を生み出すという知見とも合致しています。本研究は、社会的な交流が、たとえゲームをきっかけとしたものであっても、人間の生活満足度に不可欠な要素であることを改めて強調しています。社会的な繋がりは、私たちの幸福感に本質的に貢献する要素であり、ポケモンGOはそれを促進する有効なツールとなり得るのです。
媒介効果(Mediation)とは
変数Xが変数Yに影響を与える際に、直接影響を与えるだけでなく、変数Mを介して間接的にも影響を与える関係性のことです。「XがMを引き起こし、MがYを引き起こす」という連鎖的な関係を分析する際に用いられます。
調整効果(Moderation)とは
変数Xが変数Yに与える影響の強さが、第三の変数Wの値によって変化する関係性のことです。「Wの値が高いとXの影響が強く出る」「Wの値が低いとXの影響は弱まる(または逆になる)」といった状況を分析する際に用いられます。
一人が好きでも大丈夫:プレイスタイルを超えた恩恵
ポケモンGOには、他のプレイヤーと協力して楽しむソーシャル機能が豊富にありますが、一人でマイペースにプレイすることも十分に可能です。では、主に一人でプレイすることを好む、あるいは実際に一人でプレイすることが多いプレイヤーも、社会的な交流を積極的に求めるプレイヤーと同様の恩恵を得られるのでしょうか?
本研究では、プレイヤーの「プレイスタイルに関する好み」と「実際のプレイスタイル」にも着目して分析を行いました。驚くべきことに、主に一人でプレイすることを好む、あるいは主に一人でプレイしていると回答した参加者たちも、ゲーム開始前と比較して、生活満足度、社会能力、社会性すべてにおいて有意な向上を報告しました。最も大きな向上幅を示したのは「グループでプレイするのを好むが、主に一人でプレイしている」と回答したグループでしたが、すべてのグループで肯定的な変化が見られたことは注目に値します。
この結果は、たとえ一人でプレイしていても、ポケモンGOというゲームの特性(例えば、ジムやレイドバトルでの一時的な協力など)が、意図せずとも社会的な交流を促している可能性を示唆しています。また、「見知らぬ人との交流は避けたい」と事前に思っている人でも、実際に経験してみると予想以上にポジティブな感情を抱くことが多い、という心理学的な知見も、この現象を説明する一助となります。社会交流は人間にとって根源的な欲求であり、たとえ普段は社交的でない人にとっても、レジャー活動の中に社会交流の機会があることは、活動そのものをより楽しいものにする重要な動機となります。ポケモンGOのように、社会交流を生み出すゲームは、普段はあまり社交的でない個人にとっても、楽しく肯定的な経験を提供し、生活満足度の向上に貢献する可能性を秘めていると言えるでしょう。
外向性・内向性とは
個人の性格特性の主要な次元の一つです。外向性の高い人は外部への関心が高く、社交的で活動的になる傾向があります。一方、内向性の高い人は内省的で、一人で過ごす時間や静かな環境を好む傾向があります。研究によると、どちらのタイプの人も社会交流から幸福感を得られますが、その交流の頻度や深さには違いが見られます。
メンタルヘルス困難者への光:ゲームがもたらす変化への希望
本研究の重要な問いの一つは、精神疾患の診断を自己申告した参加者(診断グループ)と、そうでない参加者(非診断グループ)の間で、ポケモンGOの効果に違いがあるかどうかでした。
予想通り、診断グループは非診断グループと比較して、ゲーム開始前後の両期間において、生活満足度、社会性、社会能力の評価スコアが全体的に低い傾向が見られました。これは、精神疾患が生活満足度や社会機能に困難をもたらしやすいという一般的な理解と一致しています。しかし、診断グループの結果には、特に注目すべき点がありました。ゲーム開始前の期間の評価がスケールの中間点を下回る「否定的」な傾向だったのに対し、ポケモンGOを開始した後の期間では、評価が中間点を上回る「肯定的」なレベルに達していたのです。これは、診断グループの参加者が、ゲームを始めてから生活満足度と社会機能において顕著な改善を経験し、それによって全体的な見通しもポジティブに変化したと認識していることを示唆しています。
さらに、仮説通り、診断グループの参加者は、非診断グループと比較して、生活満足度と社会性の変化(向上幅)が統計的に有意に大きいことが明らかになりました。社会能力の変化についてはグループ間に明確な差は見られませんでしたが、全体としては向上傾向にありました。また、うつ病のレベルや特性不安のレベルが高い参加者ほど、社会性の向上が大きいという肯定的な相関も観察されました(これは小さいながらも重要な関連性です)。
これらの発見は、ポケモンGOが、精神疾患によって社会的な困難や活動へのモチベーション低下を経験している人々にとって、特に大きなポジティブな変化をもたらす可能性を示唆しています。これは、診断グループがゲーム開始前の評価が低かったため、改善の余地が大きかったという側面も考えられますが、ゲームが変化を促す基本的なメカニズムは両グループで類似していると推測されます。
先行研究でも、ポケモンGOがうつ病に関連するインターネット検索の減少や、運動量増加による抑うつ気分の軽減に貢献する可能性が示唆されています。回復期の退役軍人を対象とした研究では、ビデオゲームプレイが「接続、意味、気晴らし」を提供し、精神的な回復に肯定的な影響を与えたと報告されています。これらの研究結果と本研究の知見を合わせると、ポケモンGOのような、物理的活動と社会交流を組み合わせたレジャー活動が、メンタルヘルスに貢献する要因に多角的に作用し、特に社会的な困難やモチベーションの低下を抱える人々にとって、生活に肯定的な変化をもたらす有効なツールとなり得ることを強く示唆しています。
DSM-5とは
アメリカ精神医学会が発行する、精神疾患の診断基準をまとめたマニュアルの第5版です。専門家が精神的な健康状態を評価し、診断を下す際に参照される国際的な標準の一つです。

結論と今後の展望:ポケモンGOが描くウェルビーイングの未来
本研究は、モバイルゲームであるポケモンGOが、プレイヤーの社会機能と生活満足度に対して、単なる娯楽を超えたポジティブな影響を与えている可能性を明らかにしました。ゲーム開始前の期間と比較して、ポケモンGOをプレイしている期間において、参加者は生活満足度、社会能力、社会性のすべてにおいて、主観的に高い評価を報告しています。
本研究の中心的な発見は、自己認識された社会能力の向上が社会性の向上を促進し、それがさらに生活満足度の向上に繋がるという、変化のメカニズムをモデル化したことです。さらに、この社会性の向上と生活満足度の関係が、プレイヤー間の現実世界での対面交流の量によって強まることが示されました。これは、ゲームを通じて生まれる社会的な繋がりが、個人の幸福感に深く結びついていることを具体的に示唆しています。また、驚くべきことに、主に一人でプレイすることを好むプレイヤーや、自己申告による精神疾患の診断があるプレイヤーも、同様に肯定的な効果を経験していることが明らかになりました。
これらの結果は、ポケモンGOが単なるエンターテイメントとしてだけでなく、人々が屋外に出て身体を動かし、他者と交流する機会を創出することで、より健康的で充実したライフスタイルの実現に貢献する潜在力を持っていることを示唆しています。特に、社会的な困難を抱える人々や、活動へのモチベーションが低い人々にとって、ポケモンGOは、遊びという自然な形で社会機能や生活満足度を高める、非常にアクセスしやすいツールとなり得るでしょう。
ただし、本研究は過去を振り返っての自己評価に依拠しており、ポケモンGOと生活の変化との間の直接的な因果関係を断定するには限界があります。しかし、これまでの関連研究と合わせると、ポケモンGOが提供する物理的活動や社会交流の機会が、人々のメンタルヘルスに良い影響を与える可能性は非常に高く、将来的には認知行動療法のような治療アプローチの中にポケモンGOのような活動を組み込むことについても、さらなる実証的な研究が進められるべきでしょう。
総じて、ポケモンGOは、ゲームを通じて自然な形で人々の社会生活や人間関係に前向きな変化をもたらし、結果として生活全体の満足度を高める可能性を秘めたツールであると言えます。
よくある質問
本研究の主な発見は何ですか?
本研究では、ポケモンGOプレイヤーが、ゲーム開始前と比較して、ゲーム開始後に生活満足度、社会能力、社会性のすべての主観的評価が有意に向上したと報告しています。特に、ゲーム開始前は否定的だった評価が、開始後は肯定的なレベルにシフトしました。