この記事はStudy on the Development Path of Chinese Otome Gamesを参考文献として執筆されました。
この記事の要約
中国のゲーム市場で注目を集める乙女ゲーム。その急成長の背景には、経済力を増した中国女性の購買力向上と、高まる感情的な充足への需要がある。ゲーム運営は、巧みなガチャシステムやIP派生商品の「グッズ経済」、熱狂的なコミュニティ形成と多角的なマーケティング戦略を駆使し、女性プレイヤーの心と財布を掴んでいる。これは、単なるゲームの成功に留まらず、感情価値とビジネスが見事に融合した、現代中国における新たな消費形態と市場の可能性を示唆している。
ゲームの世界に、時代の潮流に乗って急成長を遂げるジャンルがある。近年、中国でその筆頭として注目されているのが「乙女ゲーム」だ。女性プレイヤーを主ターゲットとした恋愛シミュレーションは、単なる娯楽の枠を超え、中国の経済発展が生んだ新たな女性消費層の需要と、彼女たちの感情的な充足、そして独自のコミュニティ文化と深く結びつき、目覚ましい発展を遂げている。
市場を牽引する女性の購買力向上と自己肯定感
中国経済の急速な発展は、人々の生活水準を劇的に向上させた。中でも、女性の購買力と社会的な地位の向上は、ゲーム市場の構造を大きく変える原動力となっている。平均年間収入が着実に増加し、特に若い女性層の間で、生存に必須ではない「楽しむこと」や「自己成長」に向けた消費の割合が高まっている。これは、エンゲル係数(家計の消費支出に占める飲食費の割合)の低下という形で統計にも表れており、エンターテイメントや文化分野の急速な成長を後押ししている。
エンゲル係数とは
家計の消費支出全体に占める飲食費の割合のこと。この数値が低いほど、所得に占める余裕のある支出(飲食以外の生活必需品や趣味・娯楽など)の割合が高いとされ、生活水準が高いと見なされる指標の一つです。
インターネットの普及が約8割に達し、デジタル化が社会の隅々まで浸透する現代中国において、ゲームは主要なレジャー・エンターテイメント形式として定着した。中国モバイルゲーム市場のユーザーベースにおいて、女性プレイヤーはほぼ半数を占めるまでに成長し、その市場規模も拡大を続けている。これは、女性層が持つ潜在的な消費力と、感情的・社会的な価値を重視する消費行動が、ゲーム市場、特に感情的なつながりを核とする乙女ゲーム市場にとって新たな推進力となっていることを明確に示している。

特に若い女性消費者は、「自己満足型消費」に強い傾向がある。彼女たちは、商品の持つ感情的価値や社会的な意味合いに重きを置き、自分が「好き」だと感じるものに対しては時間もお金も惜しまない。男性プレイヤーと比較しても、ゲームに費やす時間や金額が多いというデータもあり、この層が乙女ゲームの成長を支える重要な基盤となっている。
データで見る市場の拡大
中国における女性の平均月収は、2019年から2024年にかけて23.6%増加しており(図1)、これは自己投資や趣味への支出余力が増していることを示唆している。また、中国の女性向けゲーム市場規模は、2020年の605億元から2024年には958億元へと58.3%も成長しており(図2)、その成長速度は目覚ましい。これは、女性の所得向上と強く連動しており、女性向けゲーム、特に乙女ゲームが持つ高い市場ポテンシャルを物語っている。
さらに、グローバルな女性向けモバイルゲーム市場における中国の市場シェアも急速に拡大している(図3)。2023年上半期には市場全体の40%を占め、日本市場の45%に迫る勢いを見せている。これは、中国のゲーム開発会社が質の高い乙女ゲームを開発・展開し、国内外でユーザーを獲得している証拠であり、今後さらなる市場規模の拡大が期待される。

図1:女性の平均月収推移(2019年-2024年)

図2:中国女性向けゲーム市場規模推移(2020年-2023年)

図3:世界の女性向けモバイルゲーム収益市場シェア分布(2023年上半期-2024年上半期)
中国乙女ゲームの核心戦略:ガチャシステムとIP展開
中国乙女ゲームの内部的な発展経路を探る上で、その巧妙な運営モデル、とりわけ「ガチャシステム」の存在は欠かせない。新しいキャラクターのイラスト発表、期間限定イベント、そして「カードプール」の導入は、ゲーム体験の中核を成す要素だ。
特定のキャラクターやカードが期間限定で高い排出率になるカードプールは、プレイヤーがゲーム内リソースを獲得するために課金する主要な手段となる。これらのカードは、高いレアリティや特別なストーリーライン、そして再販頻度の低さといった希少性を持ち、プレイヤーの収集欲と購買意欲を強く刺激する。割引パックやリソースバンドルが提供されることで、プレイヤーは自身の経済状況やキャラクターへの「推し度」、そして解放したいストーリーへの関心に応じて、最適な方法で課金を行う。
カードドローは単なるリソース獲得に留まらない。巧妙に設計されたゲームのストーリーは、カードを通じて進行するバトルと統合されており、カードを引くことがキャラクターの強化につながり、その強化が新たなストーリーの解放を促すという、無形のサイクルを生み出している。特に周年イベントのような特別な時期には、ドロップ率が調整されることで、プレイヤーはさらなる課金へと誘われる。一枚のカードはしばしばサイドストーリーの章を表現しており、プレイヤーは男性主人公との特別な体験を求めてカードドローに臨むのだ。

図4:「光と夜の恋」月間収益(2024年)
例えば、「光と夜の恋」では、2024年6月の周年イベントが収益を大きく押し上げ、1億7558万元(約35億円)という年間最高月収を記録した(図4)。これは、特別なイベントと連動したカードドローが、いかにプレイヤーの課金意欲を高めるかを示す典型例と言える。
IP派生商品の「グッズ経済」:感情的な絆を深める戦略
ゲーム内課金に加え、中国の乙女ゲームはIP派生商品の分野でも包括的な産業を形成している。バッジ、ポストカード、ポスター、アクリルスタンドといった商品は、日常生活での実用性よりも、ディスプレイやコレクションとしての価値に重きが置かれている。運営は、二次元のキャラクターを三次元の世界に「召喚」し、プレイヤーと男性主人公の間に、より深く、より触覚的な絆を育むことに注力している。
男性主人公の誕生日ギフトボックスに含まれる、キャラクターと一緒に「訪れた」旅行先のポストカードや、主人公の声で書かれた手紙などは、その象徴と言えるだろう。手紙の製造コストは低いにも関わらず、販売価格は他のアイテムと同等かそれ以上に設定されることも少なくない。これは、プレイヤーがこれらの派生商品に求める価値が、単なるモノの値段ではなく、何よりも感情的なつながりにあることを示している。感情的な充足感や「推しがそばにいる」という感覚を生み出す商品は、強く求められ、高い売上につながる。

運営側はまた、累積課金額に応じて限定の派生商品をギフトボックスとして提供することで、重課金プレイヤーのエンゲージメントを高める。高額課金者を優遇するティア分けを行い、特別なギフトボックスの希少性を高めることで、プレイヤーに継続的な課金を促す仕組みを構築している。低コストで製造可能なこれらのアイテムは、ユニークなイラストやデザインによって知覚価値が向上し、プレイヤーはそれを得るために課金を繰り返す。
収集癖や承認欲求といった心理的な要因も、派生商品の消費を後押しする。同じ商品を複数購入し、ソーシャルメディアで共有することで、他のプレイヤーからの注目や称賛を得ようとする行動は、コレクション体験に社会的な側面を加える。このような衝動的で自己満足的な消費傾向を持つ女性プレイヤーは、商品の元の価格を上回る金額を支払うことにも躊躇しない。結果として、一部のプレイヤーや市場関係者の間では、投機目的で商品を大量購入し、価値が上昇した後に転売することで利益を得ようとする、「グッズ経済」とも呼ばれる現象が生まれている。運営側も意図的にこの「グッズ経済」周りの熱狂を煽り、商品の価値を高めることで収益を拡大している。
グッズ経済とは
アニメやゲーム、アイドルなどの特定のキャラクターや作品(IP)に関連する商品をファンが購入・収集し、時には交換や再販を行うことで生まれる経済圏です。単なる商品の売買だけでなく、ファン同士のコミュニケーションやコミュニティ活動と結びついているのが特徴です。
「光と夜の恋」の公式オンラインショップの売上は、2023年2月から2024年7月にかけて3億元(約60億円)に達しており(図5)、この「グッズ経済」の規模と成長速度を示している。これは、単に商品を販売するだけでなく、プレイヤーの個性的な表現や社会的な欲求を満たす「感情的な価値」を提供することによって生まれる現象と言える。

図5:「光と夜の恋」オンラインストアにおけるグッズ販売額
コミュニティが生む熱狂:巧妙なマーケティング戦略
中国の乙女ゲームは、プレイヤーが集まり、コミュニケーションやファン創作活動を行う独自の「コミュニティ」を形成している。このコミュニティは、ゲームへの愛着を深める上で極めて重要な役割を果たしている。プレイヤーは、ゲームに関する様々な情報(カードの強化、ストーリー考察、ファンアートなど)を自由に共有し、同じ興味を持つ仲間と交流する。新しい公式イベントが発表された際には、リアルタイムでの情報共有が活発に行われる。
このような情報の拡散は、ソーシャルメディアを通じて「いいね」やコメント、共有といった形で、有機的に広がっていく。これは社会学における「弱いつながり理論」とも関連付けられる現象だ。単に同じゲームをプレイしているという比較的「弱いつながり」を通じて、膨大な情報が迅速かつ効率的に伝達され、ユーザーエンゲージメントを高め、新たなプレイヤーを引きつける効果がある。
弱いつながり理論とは
社会学者マーク・グラノヴェッターが提唱した理論で、家族や親しい友人といった「強いつながり」よりも、知人や共通の趣味を持つ仲間といった「弱いつながり」の方が、新しい情報や機会(ここではゲーム情報など)をもたらす上で重要であるとする考え方です。
オンラインマーケティングは、従来のオフラインマーケティングと比較して、コスト効率が非常に高い。目を引くポスター、創造的な広告文、そして魅力的な動画さえあれば、ブランドはWeChat、Weibo、Tiktokといった様々なプラットフォームで継続的に情報を拡散し、露出と認知度を飛躍的に高めることができる。「光と夜の恋」のように、男性主人公のキャラクター設定と意図的にギャップを持たせた「ネタ」動画を公開することで、プレイヤー間だけでなく外部にも大きな話題を呼び、自然な形で認知度を広げる戦略も採られている。休日のイベントと連動した条件付きの抽選キャンペーンなども、マーケティングメッセージの拡散をさらに後押しする。
乙女ゲームはまた、特定のマーケティングシナリオを作り出すのが非常に得意だ。女性の感情的なニーズを満たすことを主眼とするジャンルとして、プレイヤーと男性主人公とのインタラクションや、全体的なプレイヤー体験を強調する。特定のオフライン環境でプレイヤーにセンチメンタルな感情を呼び起こさせ、仮想世界との具体的なつながりを提供することで、ゲームの非現実的で遠い性質に対するプレイヤーの不安を軽減し、より深い没入感を生み出すことを目指す。

例えば、「光と夜の恋」が開催したオフラインコンサートでは、おなじみのゲーム内BGMが流れる中、屋外の階段や花の装飾といった空間演出がプレイヤーの感情的な共鳴を高め、ゲームとの絆を深める効果をもたらした。「光と夜の恋」や「未定事件簿」のようなゲームでは、オフラインイベントで男性主人公に似たリアルなモデルを起用し、キャラクターのマスクを着用させてプレイヤーと交流させることもある。プレイヤーは、現実世界とは異なる二次元の仮想世界で「完璧な相手」を求める傾向があるため、このようなリアルイベントでの交流は、運営がプレイヤーの感情的ニーズに細やかに配慮していることを示唆し、さらなる愛着を生む。
「公式」と「推し」の分離戦略:深い感情的愛着の源泉
ある意味で、中国の乙女ゲーム運営は「公式」という存在と、プレイヤーが感情的な愛着を抱く対象である「男性主人公」を意図的に切り離す戦略をとっている。例えば、「光と夜の恋」のオフラインイベントでは、運営チームはキャラクターをコミカルに描き、「プレイヤーに課金を促す」ような言動をとらせる一方、男性主人公自体は「プレイヤーとの間に純粋なロマンチックな感情を育む完璧な存在」として演出する。この「公式」と「推し」の分離は、プレイヤーが男性主人公に対して非常に強い愛着を抱く結果につながる。たとえ公式運営が何らかのミスや批判を招くような行動をとったとしても、プレイヤーは男性キャラクターとの強い感情的なつながりゆえに、運営を許容したり、ゲームへの課金を続けたりすることが少なくないのだ。
コミュニティ内で質の高いコンテンツ、特にプレイヤーによる二次創作が盛んに共有されることも、ユーザーの定着とマーケティング効果に貢献する。公式チームは、優れたユーザー生成コンテンツを共有したり、コミュニティ内でイベントを開催したりすることで、ゲームの世界観への没入を促す「ミメティック環境」を創出する。優れた二次創作作品は、ゲームのコンテンツにインスピレーションを与えたり、ゲームの評判を高めたりする効果も期待できる。
ミメティック環境とは
ここでは、ゲームの運営側が、プレイヤーコミュニティ内で自発的に生まれる二次創作やファン活動などを積極的にサポートし、ゲームの世界観やキャラクターへの共感を深めることで、プレイヤーのエンゲージメントや忠誠心を高めようとする環境や戦略を指していると考えられます。ファン活動がさらに活発化し、ゲームの世界観がより豊かになる効果も期待できます。
結論:感情と経済が織りなす未来への鍵
中国の乙女ゲームが現在の隆盛を享受している背景には、外部環境、すなわち中国女性の所得向上と感情的消費への需要増加という追い風と、内部的な運営メカニズムの巧妙な組み合わせがある。ゲーム運営は、課金を促すガチャシステム、プレイヤーの感情に訴えかけるIP派生商品の開発と「グッズ経済」の創出、そしてオンラインコミュニティとオフラインイベントを組み合わせた多角的なマーケティング戦略を駆使することで、経済的利益を最大化している。これらの戦略は、プレイヤーのゲーム体験と男性主人公とのロマンチックなエンゲージメントを最大限に高め、結果としてプレイヤーの定着率と課金額を向上させている。
経済的利益の追求とゲームコンテンツの質の維持、そして刻々と変化するゲーム業界の外部環境への適応。これらの要素のバランスを取りながら、内部的な運営戦略を磨き続けることが、中国の乙女ゲームが今後も繁栄し、持続的な発展を遂げるための鍵となるだろう。乙女ゲームの成功事例は、単なるゲームビジネスの動向に留まらず、現代中国における女性たちの新たな消費行動、感情の軌跡、そしてデジタル社会におけるコミュニティ形成のあり方を理解する上で、示唆に富む視点を提供してくれる。
よくある質問
なぜ中国で乙女ゲームが急速に発展しているのですか?
中国経済の発展に伴う女性の所得向上と社会的な地位の向上が大きな要因です。これにより、女性の購買力が高まり、自己満足型消費や感情的な価値を重視する消費傾向が強まりました。エンターテイメント分野への支出が増加する中で、特に感情的なつながりを核とする乙女ゲームが女性プレイヤーに広く受け入れられ、市場が拡大しています。