この記事はVirtual Stars, Real Fans: Understanding the VTuber Ecosystemを参考文献として執筆されました。
この記事の要約
Bilibili上のVTuberエコシステムに関する大規模データ分析から、コアファン(メンバー)の知られざる行動とチャット文化が明らかに。メンバーシップ購入直前にエンゲージメントが急増する一方、購入後は活動が低下し、継続率が低い傾向が判明。チャットには独特の内輪文化がある一方、毒性のある表現も多く見られる複雑な実態が浮き彫りに。これらの発見を基に、VTuberが潜在ファンを特定し、効果的にファンベースを拡大するためのツール「FanRanker」を提案します。
今日のデジタルエンターテインメントの世界において、ライブ配信は新たな潮流を巻き起こしています。中でも、アニメーション化されたアバターを介して活動するバーチャルYouTuber(VTuber)は、そのユニークな存在感で瞬く間に多くの人々を魅了し、巨大なファンコミュニティを築き上げてきました。彼らは単なるコンテンツクリエイターにとどまらず、視聴者との間に深い絆を育むことで、仮想世界にありながらも「リアルな繋がり」を生み出しています。
多くのVTuber、特に中国市場で絶大な人気を誇るBilibiliプラットフォームで活動するVTuberは、このファンとの関係性を収益化の大きな柱としています。Bilibili独自のメンバーシップシステム「guards」は、ファンが特別な特典を得ながら、お気に入りのVTuberを経済的に支援できる仕組みです。月額費用は24ドルからと、Twitchなどの一般的なサブスクリプションに比べて高額ですが、メンバー限定のチャットグループへの参加や、配信画面での名前表示、チャットでの優遇といった特典が用意されています。ファン、特にVTuberの熱心なファンは、このシステムを通じて積極的にVTuberを支援しており、Bilibiliにおけるメンバーシップ収益の大部分をVTuberが占めていることからも、その重要性がうかがえます。しかし、このシステムを最大限に活かし、ファンコミュニティをさらに強固なものにするためには、一体どのような視聴者が「コアファン」、すなわちメンバーになる可能性を秘めているのか、そして彼らの行動や心理にはどのような特徴があるのかを深く理解する必要があります。これまでの研究は、リアルな配信者におけるファン行動や収益化メカニズムに焦点を当ててきましたが、VTuberという新たな存在、そしてBilibiliのような独自の文化を持つプラットフォームにおけるファンエコシステムについては、まだ未知の部分が多く残されています。
本研究は、この重要な問いに答えるべく、Bilibili上の4,900人を超えるVTuberと2.7M件に及ぶ膨大なライブ配信セッション、そして36億件ものチャットメッセージを含む前例のないデータセットを詳細に分析しました。この大規模なデータから浮かび上がるのは、VTuberのコアファンの知られざる行動パターン、そして彼らが織りなすコミュニティ文化の光と影です。
膨大なデータの海から真実を紡ぐ:私たちの研究アプローチ
私たちは、Bilibili上で活動するほぼ全てのVTuberを対象に、彼らのライブ配信に関わるあらゆるデータを収集しました。これには、いつ配信が行われたか、どれくらいの時間続いたかといったメタデータに加え、視聴者が配信中に起こしたあらゆる「インタラクション」の記録が含まれます。具体的には、配信への参加、チャットメッセージの送信、ギフトの贈呈、そしてメンバーシップの購入といった行動データです。合計で2.7百万件のライブセッション、10.7十億件のインタラクション記録、3.6十億件のチャットメッセージを含む、膨大なデータを収集しました。
私たちの研究の中心は、これらのデータの中から「メンバー」、すなわち有料でVTuberのメンバーシップを購入した視聴者を特定し、彼らの行動を分析することにあります。メンバーになる前の行動、なった後の行動、そしてメンバーではない一般視聴者の行動と比較することで、コアファンならではの特徴を浮き彫りにします。データ収集期間は2022年6月から2023年9月までと長期にわたり、メンバーシップ購入前後の行動変化を捉えるために、特定の視聴者が初めてメンバーになった日を起点とした前後90日間のデータを詳細に分析しました。
さらに、視聴者が送信したチャットメッセージの内容を分析するために、自然言語処理技術を活用しました。メッセージを数値ベクトルに変換するエンベッディング技術や、メッセージに含まれる「毒性」、すなわち性的、ハラスメント、暴力的な内容を自動的に判定するツールを用いることで、単なる量だけでなく、チャットの質的な側面にも深く切り込んでいます。これらの分析を通じて、私たちは以下の問いに答えを求めました。
- メンバーと非メンバーの視聴行動や活動レベルにはどのような違いがあるのか?それはメンバーシップ購入の前後でどう変化するのか?これらの行動変化を理解することは、将来のメンバー候補を特定し、プロモーションや継続戦略を改善するのに役立ちます。
- メンバーが送信するチャットメッセージの内容は非メンバーとどう異なるのか?そこにはどのようなコミュニティ文化や規範が見られるのか?また、メッセージの「毒性」についてはどうか?これらのコミュニケーションパターンを分析することは、コミュニティ内の独自の文化に関する洞察を提供し、より良いコミュニティ構築の取り組みを導くのに役立ちます。
- これらの知見を活かして、まだメンバーではないが将来メンバーになる可能性が高い視聴者をVTuberが特定できるようなツールは開発可能か?視聴者へのストリーム推薦を探索した多数の研究がある一方で、ストリーマーにとって価値のある視聴者を特定するという逆の側面は未開拓のままです。この問題を逆転させることで、このツールは重要なギャップに対処し、VTuberに忠実で熱心なコミュニティを育成するための戦略的な優位性を提供します。
エンベッディング(Embedding)とは
言葉や文章のような、コンピューターにとって扱いにくい非数値データを、意味や文脈を保ったまま数値の並び(ベクトル)に変換する技術です。これにより、コンピューターが言葉の意味を理解したり、言葉同士の関係性を計算したりできるようになります。
コアファン誕生の軌跡:熱狂は購入直前、そしてその後に訪れる変化
データ分析から明らかになったコアファンの行動パターンは、私たちの当初の予想を超えるものでした。メンバーは、非メンバーに比べて圧倒的に高いレベルでVTuberの配信に関与していることが確認されました。特に注目すべきは、メンバーシップを購入する直前の期間において、その活動レベルが劇的に上昇するという現象です。配信の視聴率(メンバー事前26% vs. 非メンバー20%)、オンタイム視聴率(メンバー事前18% vs. 非メンバー9%)、視聴時間の長さ(メンバー事前17% vs. 非メンバー7%)といったあらゆる指標が、購入直前にピークを迎えているのです。これは、ファンがメンバーになるという「決断」に至る過程で、VTuberへの関心やエンゲージメントが最高潮に達することを示唆しています。
しかし、興味深いことに、メンバーシップ購入後、その活動レベルはわずかに低下する傾向が見られました。購入直後の数週間は高いエンゲージメントを維持するものの、その後は徐々に活動が落ち着いてくるようです。この「購入後の落ち着き」は、メンバーシップの「継続率」にも影響を与えています。私たちの分析によると、翌月にメンバーシップを更新する視聴者はわずか8.9%にとどまっていました。活動レベルの低下とメンバーシップの更新率には明確な相関関係が見られたのです。
これは、BilibiliのVTuberメンバーシップが高い価格設定であることや、自動更新システムであっても、ファンが能動的に継続を選ばない限り解除される可能性があることなどが影響しているのかもしれません。この結果は、VTuberにとって、新規メンバーを獲得することと同様に、あるいはそれ以上に、獲得したメンバーの興味を持続させ、活動を維持してもらうための効果的な戦略が不可欠であることを強く示唆しています。例えば、より手軽な短期間メンバーシップの導入や、メンバー限定の特別なイベントやコンテンツの提供などが、継続率向上の鍵となるでしょう。この知見は、従来のメンバーシップシステムとは対照的であり、VTuberはメンバーシップ戦略を再考する必要があることを強調しています。

チャットに息づく独特の文化:内輪ネタと隠された「毒」
メンバーは非メンバーよりも多くのチャットを送信していますが、その内容にはどのような特徴があるのでしょうか。私たちは、チャットメッセージの「質」に焦点を当てた分析を行いました。具体的には、視聴者個々のチャット内容が、その配信全体のチャット環境とどれだけ「似ているか」を数値化するChatSimという指標を導入しました。
分析の結果、メンバーは非メンバーに比べて圧倒的に高いChatSimスコアを示すことが明らかになりました。メンバーの平均ChatSimスコアは購入前0.80、購入後0.83であったのに対し、非メンバーは0.74でした。これは、メンバーがそのVTuberのコミュニティにおける「空気」や「文化」を深く理解し、それに同調したチャットをしていることを意味します。さらに、メンバーシップ購入に近づくにつれてこのChatSimスコアも上昇しており、彼らがコミュニティの一員としてのアイデンティティを確立していく過程が垣間見えます。この同調性の高さは、単に配信内容に関連した話をしているからというだけでなく、そのVTuber独自の、内輪ネタやスラング、特定のイベントに対する定型的な反応といった「コミュニティ文化」をメンバーが積極的に取り入れていることに起因すると考えられます。これは、VTuberのファンコミュニティにおいて、独自の文化を醸成し、共有することの重要性を示しています。
一方で、チャットの「毒性」に関する分析は、コミュニティ文化のもう一つの側面を浮き彫りにしました。意外にも、メンバーは非メンバーよりも性的(メンバー事前0.68パーミル vs. 非メンバー0.43パーミル)、ハラスメント(メンバー事前2.5パーミル vs. 非メンバー1.7パーミル)、暴力的な内容(メンバー事前2.9パーミル vs. 非メンバー2.9パーミル)を含むメッセージを送信する割合が高い傾向が見られたのです。個別の視聴者レベルで見ると、メンバー購入後には性的メッセージを送った人が6.4%、ハラスメントメッセージを送った人が12.1%、暴力的なメッセージを送った人が14.5%に達しました。メンバーシップ購入後、この傾向はさらに顕著になることも確認されました。
しかし、メッセージの内容をさらに詳しく分析したところ、これらの「毒性」が必ずしも悪意のある攻撃とは断言できない場合があることが分かりました。例えば、性的な表現の中にはVTuberのアバターデザインや配信内容に合わせた「いじり」や「ネタ」としての側面が見られ、ハラスメントや暴力的な言葉も、親愛の情の裏返しや、ゲーム内での出来事に対する大げさな反応として使われているケースが見られました。もちろん、明確なハラスメントや不適切な内容は看過できませんが、これらのメッセージの一部は、メンバー間の「内輪のノリ」や、VTuberとの親密さを表現する独特なコミュニケーションスタイルである可能性も示唆されました。
この発見は、VTuberのライブ配信におけるモデレーション(不適切コメントの監視・削除)の難しさを浮き彫りにします。コミュニティ文化の一部として受け入れられている表現と、VTuberや他の視聴者を傷つける真のハラスメントを区別するためには、より繊細で柔軟な対応が求められるでしょう。VTuber自身やプラットフォーム運営者は、この複雑なチャット環境を理解し、安全なコミュニティを維持するための新たなメカニズムを検討する必要があります。
ChatSim(チャットシム)とは
ライブ配信中のチャットにおいて、ある人のチャットメッセージが、その配信全体の他の人々のチャットメッセージとどれだけ内容的に似ているかを示す指標です。数値が高いほど、その人のチャットがコミュニティの話題や雰囲気に溶け込んでいる、または同調していると言えます。
眠れるコアファンを発掘する:FanRankerツールの可能性
これまでの分析から得られた知見は、VTuberが自身のファンベースを戦略的に育成するための重要なヒントを含んでいます。特に、メンバーシップを購入する可能性が高い視聴者を早期に特定できれば、VTuberは彼らにより多くの注意を払い、コミュニケーションを深めることで、メンバー化を促進できるはずです。これは、ストリーマーの注目とエンゲージメントのレベルが、視聴者にギフトやサブスクリプションのような金銭的な貢献を促す上で重要な役割を果たすという考えに基づいています。
そこで私たちは、VTuberを支援するために、ライブ配信中の視聴者の中から将来メンバーになる可能性が高い人物をランキング化するツール「FanRanker」を開発しました。これは、従来の視聴者へ配信をおすすめするレコメンデーションシステムとは逆のアプローチであり、配信者へ視聴者をおすすめするというユニークな発想に基づいています。
FanRankerは、メンバーと非メンバーの間で顕著な違いが見られた様々な行動指標やチャット分析から得られた特徴量を活用します。具体的には、VTuberへの視聴時間、チャット数、ChatSimスコア、そしてギフトやスーパーチャットの履歴といったデータを用います。さらに、これらの特徴量がメンバーシップ購入前後の時間経過とともにどのように変化するかを捉えるための指標も組み込んでいます。
これらの特徴量を入力として、 FanRankerは機械学習モデルを用いて、各視聴者がメンバーになる確率を算出します。そして、その確率に基づいて視聴者をランキング化し、VTuberに提示します。

FanRankerが拓く未来:限定された注目で大きな成果を
FanRankerツールの有効性を検証するため、私たちは過去のデータを用いて、実際にメンバーシップを購入した視聴者がFanRankerのランキングでどの位置に来るかを評価しました。理想的なツールであれば、メンバーになった視聴者が常に上位にランクインするはずです。私たちは、線形回帰、ロジスティック回帰、ランダムフォレスト、勾配ブースティング、K近傍法という5つの機械学習アルゴリズムを試しました。ランダムフォレストと勾配ブースティングが最も良い結果を示しました。
実験の結果、FanRankerは非常に高い精度で潜在的なメンバーを特定できることが示されました。最も性能の良いモデルでは、実際にメンバーシップを購入した視聴者の半数以上(52%)がランキングの1位に、そして85%が上位50位以内にランクインしました。これは、FanRankerが数千人規模の視聴者の中から、メンバーになる可能性が高い数十人という「管理可能な」グループを効果的に絞り込めることを意味します。
VTuber、特に大規模な事務所に所属せず、自ら活動している個人や小規模なスタートアップVTuberにとって、全ての視聴者に等しく注意を払うことは困難です。しかし、FanRankerが提供するランキングを活用すれば、彼らは限られたリソースを、最もメンバーになる可能性の高い視聴者に集中的に投入できます。これらの潜在的なコアファンとの積極的なコミュニケーションや、彼らの関心に合わせたコンテンツ提供を行うことで、メンバーシップへの転換率を高め、結果としてファンコミュニティの質的な向上と収益の増加に繋げることができるでしょう。

まとめ:仮想の星とリアルなファンの織りなす世界
本研究は、中国の主要ライブ配信プラットフォームBilibiliにおけるVTuberのコア視聴者層に関する、初の大規模データに基づいた包括的な分析を提供しました。私たちの発見は、VTuberのファンエコシステムにおける重要な側面を明らかにするものです。メンバーシップ購入に至る直前の視聴者の活動のピーク、購入後の活動低下と低い継続率、チャットに息づく独自のコミュニティ文化とそこに潜む「毒性」といった知見は、VTuberがファンを獲得し、維持し、コミュニティを育成する上で直面する課題と機会を浮き彫りにします。
特に、メンバーはコミュニティ文化への同調性が高く、独自の言語やルールを共有している一方で、その親密さから生まれるチャットの「毒性」は、モデレーションの難しさとデリケートな側面を示唆しています。これは、VTuberコミュニティが単なる視聴者の集まりではなく、複雑な人間関係と文化が織りなす「生きた」有機体であることを物語っています。
そして、これらの知見を基に開発したFanRankerツールは、VTuberが潜在的なコアファンを効果的に特定し、よりパーソナルなアプローチで関係性を深めることを支援します。これにより、VTuberは自身の限られた時間を最も可能性の高い視聴者に集中させ、ファンコミュニティの質的な向上と収益の最大化を目指すことができるでしょう。
本研究は、VTuberという新しいエンターテインメント形式における視聴者行動の理解に向けた重要な一歩です。今後、私たちはこの分析対象を日本のYouTubeや非アジア圏のTwitchなど、他のプラットフォームに広げ、VTuberエコシステムのさらなる全体像を解明していくことを目指します。仮想の存在であるVTuberと、彼らを支えるリアルなファンの間に築かれる絆は、デジタル時代の新しい人間関係のあり方を示唆しており、その深層を探求することは、今後のオンラインコミュニティやエンターテインメントの進化を理解する上で不可欠となるでしょう。
よくある質問
VTuberのメンバーになる前と後で、ファンの行動はどのように変わりますか?
本研究の分析によると、視聴者はVTuberのメンバーシップを購入する直前の期間に、配信の視聴時間、チャット数、ギフト贈呈といった活動が劇的に増加し、ピークを迎えることが明らかになりました。しかし、メンバーシップ購入後は活動レベルがわずかに低下する傾向が見られ、翌月にメンバーシップを更新する視聴者はわずか8.9%にとどまりました。この結果は、新規メンバー獲得だけでなく、獲得したメンバーの興味を持続させるための継続戦略が重要であることを示唆しています。